ありがとう!美松劇場
京都の顔とも言うべき、老舗映画館が遂に無くなってしまう
京都の映画ファンにとって、美松劇場閉館の発表は本当に残念でなりません
美松劇場は京都に生まれた独立系の映画館として、1970年代始めまでは主に2本立ての名画座として多くの名作がこの二つのスクリーンで上映され、学生たちを中心に多くのファンを獲得していました
昔は美松劇場1・2ではなく、右側を美松大劇場と、美松名画劇場と呼ばれて、大劇・名劇の愛称で親しまれてきました。1972年の1月29日からは東宝系のロードショーが、翌週2月5日からは松竹系のロードショーが始まり、現在まで永らく京都のロードショー劇場として親しまれてきました(途中1996年11月から1998年7月まで、建て替え計画の為の休館期間があるが、計画変更のため再オープンとなった。2001年11月MOVIX京都のオープン後は、両スクリーンともに東宝系のロードショーとなる)
RCSは、自主上映を開始した1986年当初からチラシやポスターの掲出などで協力をいただき、1988年には、美松ロードショー作品の販促を兼ねた企画上映を提案し、「ラスト・エンペラー」の公開に併せた特集オールナイト【☆美松ミッドナイトシネマテーク☆】を開催。夏にも「フランティック」公開記念でハリソン・フォード・ナイトを行い、以降、季節ごとに定期的な特集企画オールナイト上映を行いました。さらに引き続いて10月からは河原町では初となるレイトショー上映【☆美松ナイトムービー☆】を開催。第1弾で「ロッキー・ホラー・ショー」、第2弾で「ファントム・オブ・パラダイス」を上映して数多くの観客を動員し、まだ定着していなかったレイトショー・スタイルを更に定着させる事が出来ました
<河原町の夜をもっと面白く!>がキャッチフレーズで、同じく企画開催した【☆弥生座ナイトムービー☆】とともに、京都の中心部、河原町・新京極での映画興行をもっと活性化させられたらとの思いを込めていました。まだまだ観たいモノ、観せたい映画がとにかくいっぱいありましたし、京都の映画ファンの数をもっともっと増やしたかったし、街自体も一緒に面白い場所になってほしいと考えていたのです。以後、特別オールナイト【☆美松ミッドナイトシネマテーク☆】は1995年まで、レイトショー【☆美松ナイトムービー☆】も永らく休んでいましたが、昨年12月の<マイ・カルト・シアター>まで随時開催させて頂きました
数々の上映企画の中では、ご本人をゲストに招いて行った1998年11月の【デニス・ホッパー映画祭】(今も『イージー・ライダー』上映での1100名動員は、不動の記録)を開催したのが最高の思い出です
そんな次第で、RCSとしてはこのお仕事を始めてからもうトコトンお世話になった最高の映画館なのであります
シネコン時代のいま、完璧な快適さも当然重要なのですが、同時にまた旧来の映画館での映画鑑賞空間も単に消滅させるだけでなく、引き続き残すことが出来ればと思っています。その為にはもっと色々な努力をしていかなくてはなりません。いま担当している京都みなみ会館や、滋賀会館シネマホールなども決して楽な環境ではありませんが、出来る限りの努力をして営業して行きます
数多くの素晴らしい映画との出会いを与えてくれた美松劇場さま
本当に、本当にお世話になりました。どうもありがとうございました
RCS−S